19XX年4月1日 メイド・グッバイ
◇開店準備

「はぁ……」

開口一番、その少女は大きなため息を吐いた。
普段の学生服ではなく、黒を基調としたロングスカートの給仕服。
黒に映える純白のエプロンドレスやカチューシャにはふんだんにフリルがあしらわれ、その表情が憂鬱に沈んでいなければ、さぞ魅力的な人物であったろう。

「ネオン。いい加減、覚悟を決めたらどうだ」

そんな少女に、やれやれと肩を竦める男の声。
パリッと糊の利いた白のシャツに黒のベストを羽織り、スラッとしたパンツを履き、
赤の蝶ネクタイを締めるその姿は、少女と同じく給仕の者だと見て取れる。
少女――
思弁的探偵部の部員こと、ネオン・スカラは気恥ずかしげに頬を紅潮させて男を見る。

「だ、だって――」

「ま、マスターは……その、平気、なんですか?」

「こんな可愛い服で、お給仕する……なんて」

うう、と短く呻くネオン。
しかし、対する男――
思弁的探偵部、その部長。
《雷電魔人》ことニコラ・テスラは、いつものように平然と言葉を返す。

「今のお前は、可憐だ。何を恥じることがある。流石は愛しい我が輝きだ」

「なっ――」

「ななっ――」

ネオンの顔は、一瞬で赤く染まってしまう。
彼女はキッとテスラを睨んで、

「そういうこと、いきなり言わないでください。言わないで。言うな」

「ふむ……私はただ、思ったことを言っただけなのだが」

「そ れ で も です!」

「やれやれ」

女心は分からんものだ、と嘆息するテスラ。
眼前で可愛く凄む輝きの君から目を逸らすと、彼は窓の外へと視線を向ける。

街の様子は、普段に比べても賑やかな喧騒だった。
きっと、隣を歩く相手にさえ、声、届かないほど。
人混みの量も並大抵ではない。
普段から学生街は人が多くあるのだが、今日のそれは異常なくらい人が多かった。

しかし、それもそのはず。

なぜなら――

学園祭の季節だから。
マルセイユ学園都市創立記念祭。
通称は、そう、学園祭。
あらゆる全授業を停止して、
およそ一週間に渡って催されるお祭り。
学園都市全土で催される最大級の行事。
案内所 パンフレット にはこう書かれている。
曰く――
学園の創立を祝う祭事であり、
文化的活動の発露の場であり、学園都市が機関化する以前より続く伝統の顕れで――
つまり、全校十万学生すべてが一致団結して祭に従事することになる。
学生街や潮騒通りといった商業区画で主に専門 部活 クラブ によって行われる活動が、言わば都市全域で――
全校学生に開放・許可される、ということで――
ネオンたちのクラスメイトが所属する喫茶同好会もまた、
学園祭の期間中に喫茶店を出店する予定だった。
部員数が十人に満たないため同好会扱いだが、彼らが喫茶店にかける情熱は本物だった。
ウェイターも思弁的探偵部の二人に協力してもらい、少数精鋭ながらも微塵の妥協もなく下準備を整えたはずだった。

しかし――

「まさか、みんな当日に寝込んじゃうなんて……」

連日の徹夜に継ぐ徹夜。
無茶な突貫による疲労が祟って、彼らは当日に揃って力尽きてしまった。
幸いにも学園祭は一週間の期間なので、どうにか今日を凌げば彼らも復帰できるかもしれない。
そのような事情から、思弁的探偵部の二人には、どうにかして今日一日この喫茶店を切り盛りする必要があった。

「そう気負うな。どうせ、これは今日一日限りの狂騒だ」

「そう、ですよね。
どうにか、今日を乗り切れば、きっとみんな戻って来ますよね」

よし、と自らを鼓舞するネオン。
しかし、テスラはどこか遠くを見ながら独りごちる。

「いや、正確には意味合いが違うのだが」

「泡沫の夢、とでも言うべきか」

どこか含みのある物言いに、首を傾げるネオン。
しかし、それを遮るように、入り口からカウベルの音が聞こえてくる。

「あ、もしかしてみんな来たのかな?」

「マスター。あたし、見てきますね」

言うが早いか、小走りで去って行くネオンの姿を見て。
テスラは静かに、呟きを漏らす。

「まあ、いい。今日は四月一日だ」

「どこの誰かは知らんが、お前が我が名を呼ぶのならば私は来よう」

「――さあ、 四月の魚 エイプリル・フール 四月の魚を始めるぞ」