19XX年4月1日 メイド・グッバイ
◇大敵

「しかし――」

 あらかた食事を済ませたふたりは、食後のコーヒーを口にしていた。
 テスラはどこか浮かない表情を浮かべている。

「この店には、些か〝嫌な予感〟を覚える」

「嫌な予感、です?」

「ん。なんというか、だな」

 顔をひそめて、どういったものかと思案するテスラ。

「この前世紀の価値観そのものを塗り替える、ある種の冒涜的なセンスには覚えがあるというか――」

 例えば、それは彼の女子がデザインした下着や、水着であるとか。
 そんなことを答えようとした矢先――

「ご機嫌よう。ニコラ・テスラ。
わたくしのプロデュースするメイド喫茶へとようこそ」

 麗らかな声と共に、不意に姿を現した人物が。
 真っ赤なドレス。腕は義手に見えるが、なにかの機関装置だ。
 綺麗な女性だった。
 上品な顔立ちに、穏やかな瞳。
 美しい黄金色の髪が、僅かな陽光できらきらと輝いている。
 ――ネオンは思わず、見とれてしまう。

「貴様は、やはり――」

「あら? あら?
まあ、これは、あなたに伴侶ができたことは察していたけれど!
なんて可愛らしい娘でしょう!」

 目を見開いて愕然とするテスラ。
 しかし、対照的に彼女は、ほがらかに笑いながらネオンを見ていた。

「ご機嫌よう、はじめましてお嬢さん。
わたくしのことはレディとお呼びなさいな」

「は、はじめまして。あたしは、ネオン。ネオン・スカラです」

「ええ。ええ、あなたのことは聞き及んでいます。無論、そこの彼から」

「…………」

 テスラの表情は堅い。
 いや、むしろ、辟易してるといった方が正しいのかもしれない。

「お前がどうしてここにいるのか、今更そんなことはどうでもいい」

「しかし――」

「お前はネオンに近寄るな。これの成長に悪影響だ」

「あら、つれないのね?」

「当然だ。ネオンをお前のように、したくはない」

 冷ややかなテスラに対して、彼女はただ悠然と笑い答える。
 いつもとは違い余裕のない彼の態度に、ネオンは違和感を覚えるが――

「行くぞ、ネオン」

「え、あの……」

「いいから、出るぞ」

 強引に手を引かれると、テスラはそのまま会計へ向かおうとする。
 ネオンはどこか後ろ髪を引かれて、後ろを振り返る。

「また会いましょう、素敵なお嬢さん。今度は是非、彼抜きでね」

「馬鹿者、許可できるか」

 最後、投げ掛けられた軽口に、テスラは盛大に嘆息する。

「ネオンをお前の毒牙にかけさせてなるものか」

「毒牙……?」

 不穏な言葉に首を傾げるが、その真意はネオンには分からない。
 こうして、ふたりの偵察は終わったのだった。