19XX年4月1日 メイド・グッバイ
回る鈴木
◇開幕/喫茶

「――さて」

男は言った。
それは、奇妙な仮面を被った男だった。
道化の如き姿であるが、一世代前の仏蘭西貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らの名を口にすることがない。
みたままを口にせよと戯けて言う。
容姿の通りに、奇妙な男であった。
亜細亜の小さな島国に伝わる聖なる獣、それがこの男の今の名だ。
すなわち、男の名は《バロン》。
バロン・ミュンハウゼンと人は呼ぶ。
――もっとも。
――彼を呼ぶ者など多くはあるまい。
例えば――
殺人さえ厭わぬ犯罪組織の重鎮であるとか、欧州の闇深くで蠢く結社の頭脳であるとか。
不用意にその名を呼んではいけない。
命が惜しければ。
仮面の奥を想像してはいけない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を口から吐き出すというその男は、眼前の何物かへと語りかける。
奇妙な装飾が施された部屋。
テーブル越しの座席に腰掛けた男と、もうひとりの〝誰か〟がそこにいた。
男の格好と同じく奇妙な部屋だった。
パステルカラーの壁紙に、色とりどりのファンシー雑貨。
どこか少女趣味を連想させる内装。
しかし、絶妙に配置されたアンティークな調度品。
それが相まって、この空間をより一層にアンバランスな魅力を醸し出させている。
この場所を喫茶店と人は呼ぶ。
しかし、或る者はこうも呼ぶ。
――メイド喫茶、と。
男の名と同じく、ごく限られた人が、だ。
メイド喫茶。
ここには、どんな者の願いをも、叶えてみせるという。
ある種の秘跡を成し遂げ得る場所であり、
男の属する組織の有する知識ですら及ばぬ混沌を生み出す部屋。
侵すべからず聖櫃。
聖域 サンクチュアリ とも呼べるか。

「さて。ここに我輩は宣言するでしょう」

――滑稽なる狂騒の開始と。
――狂乱なる饗宴の開始を。
――そして、四月の魚の開幕を。

「至高なりしはこの世にただひとつ。
我ら《結社》が総帥たるヘルメース師」

「すなわち。
アルトタス=トート=ヘルメース」

「しかし、かの師の酔狂をも凌ぐものが」

黒の尖塔 シャトー・ディフ を擁する学園都市に降り立つのでございましょうや」

「かのハイ・エージェント・Mですら、今回の一件には関与していないご様子」

「陽気に酔った乱痴気騒ぎの類いが故」

「貴方の知る彼らとは、異なる点も多いでしょうが」

「全ては春が誘う泡沫の夢にございます」

男の声には嘲りが含まれている。
対する何者かは、無言。

『お待たせしました、ご主人様!』

『メイド特製オムライス、お届けに上がりましたぁ(ハート)』

『では、オムライスが美味しくなるように、魔法をかけさせて頂きますね~☆』

『ご主人様も、ご一緒にどうぞ!』

「成る程」

「そういうこともあるでしょうが、

そうでないこともあるでしょう」

「さあ」

「我らが愛して止まない人間の皆さま。
どうか御笑覧あれ」

「けれど私はこう叫ぶでしょう」

『美味しくなーれ(ハート)』

「萌え萌え☆キューン!」