19XX年4月1日 メイド・グッバイ
◇開店「いやー、どうにか無事に開店したはいいけどさ――」
「お客さん、全然こないですね」
「だねー」
どうにか開店まで漕ぎ着けたネオンたちだったが、店の客入りは芳しくなかった。
最初のシフト担当であるジョウ、イズミ、ネオンは顔を見合わせて嘆息する。
「あんまり忙しいのも嫌だけど、これはこれで堪えるよね」
「ぶー、ひーまー」
どちらかと言えば活発な性格であるイズミとジョウには、逆にやることがない方が堪えるようだった。
「ネオーン……なにかやることないの?」
「えっと……だいたいのことは済んじゃったし、お客さんも来てないから洗い物とかもないし……」
「どうする? いっそのこと、店の前で呼び込みしてみるとか?」
「あー、それいいかも! ふたりとも、すっごく制服似合ってるし!」
「ふふっ。イズミだって、すごく似合ってるよ?」
「え。そ、そうかな……? 変じゃない?」
「うん。とっても可愛いと思う。アルベールにも、見せてあげたいくらい」
「あ、アルベールは関係ないって!」
三人のどこか姦しい会話を遮るように、入り口から来店を告げるカウベルが響く。
「あ――お客さん、来た!」
「いらっしゃいませ、当店へようこそ」
ぴょこんと耳を動かして、イズミは思わず声を上げて視線を向ける。
そして、ジョウとふたりで入り口へと向かって行く。
「お客様はおひとり様でよろしいですか?」
「ああ、それで構わない」
来店したのは、男子生徒だった。
特徴のない――そう、ごく一般的な男子生徒。
容姿も、服装も、雰囲気も。
気を抜いてしまえば、明日にでも忘れてしまいそうなくらい印象に残らない。
そんな彼にネオンはどこか既視感を覚えたが、気のせいだとその違和感を飲み込む。
「では、こちらにどうぞ~」
ジョウがにっこりと笑顔で客を案内すると、ネオンは水の入ったグラスをテーブルに置く。
「いや、しかし――」
「この店は随分と空いているな」
「客として、ありがたい限りだが」
男子生徒は席に着くなり、閑散とした店内を見渡して一言。
「〝あっち〟とか大違いだな」
「あっち……ですか?」
含みを持った彼の言葉に、ネオンは思わず首を傾げる。
「なんだ、あんたたち知らないのか」
「あの……ごめんなさい。それって――」
「一回、店の前に出てみろ。そうすれば、嫌でも分かる」
煙に巻くような言い分だが、どうしても気にかかってしまう。
「あー! みんな、着て来て! 早く早く!!」
彼の言葉を聞いて、イズミは我先にと外へ出て行った。
次いで聞こえてきた叫びに、何事かと一同は駆けつける。
「イズミ、いったいどうし――」
ネオンもすぐに駆けつけるが、外に広がっていた光景。
それを見た瞬間、思わず言葉を失ってしまう。
「うわー……」
「ほう」
「……なんだ、あれは?」
ネオンに続いて駆けつけた一同が目の当たりにしたのは、いつの間にかできていた長蛇の列。
その行列は、とある店舗から伸びているらしい。
「ああ、おぞましい! なんだあれは?」
「いつまでもあのように拘束されるなど、死にも等しい責め苦だ!」
「時間を! 速度を! 連中はなんだと思っている!!」
「あ、怒ってるのはそこなんだ」
憤慨するヴァルターだったが、どこかズレた論点にジョウは苦笑する。
「えーっと……『@ほーむ・エンジンカフェ』、ってのが店の名前かな?」
「なんだ、その悪趣味なネーミングセンスは?」
「店の名前からして、ここと同じ喫茶店みたいだね」
店の看板を見ると、どことなく嫌な予感を感じるテスラ。
どうやら、あの店が集客を阻害しているらしい。
「えっと、どうしましょう?」
このままでは集客も揮わずに、売り上げを確保することができない。
頭を悩ませるネオンだったが、
「――偵察、だな」
「……? マスター?」
「向こうの手口を研究することも時には必要だ。
そこから突破口を見いだせるやもしれん」
テスラの言い分は、もっともだ。
このまま手をこまねいているだけでは、この窮地を打開することはできない。
「そだね、じゃあ偵察はふたりに任せるよ」
「うん。お店の方は任せといて!」
「どうせ、あの客入りだ。キッチンは俺だけでも事足りる」
ジョウ、イズミ、ヴァルターの三人は、テスラの提案に賛成する。
「……はい、分かりました」
覚悟を決めたネオンは、長蛇の列を列を見据える。
必ず、打開策を見いだすと。
こうして、ふたりは敵情視察へと乗り出すのだった。