19XX年4月1日 仮想給仕遊戯《断章》
紅蓮 燿


《序》

さあ。本日は奇矯な祝祭だ。
普段は一笑に付されし愚かしい妄言も赦される。一年に一度の日。
であればこそ。どうか今暫く、冗長たる戯れにお付き合い願いたい。

奇特な日ならば、人々の只ならぬ想いと熱意に応え、時空も気紛れを起こす事もあるだろう。
誰からも忘れ去られた、時空の狭間、夢の彼方。閉鎖宇宙。
流れ行くだけの時間。乖離された筈の世界。《生きている物理法則》。混沌の御業再現する《数式》。
虚も実も綯い交ぜに、運命記録(物語)さえも継ぎ接ぎにして。
捻じ曲げ、重ね、繋げ、捏ね繰り回しながら、独りでに今宵の舞台を形造っていく。
それは、とある世界で、隆盛を極めたある国の絢爛たる文化様式の権化でもあった。

大階差機関が綿密に連動して往く如く、仕組み上がってゆく時空(刻)の仮初の屋敷の中。
初めに柱として生まれたのは、旧く巨大な振り子時計だった。
現在(いま)は入り口なき、伽藍洞の玄関ホール。
かちかちと歯車が鳴る度に、振り子が揺れ戻る度に。
新たな扉と時計が生じてゆく。幾つも、幾つも。数知れず。
そして、生じる部屋部屋と同数の、金の鍵、銀の鍵、銅……鍵々が生まれ、募り、束と化していった。

かくして舞台が整えば、演ずる役者が必要となる。
されど演目は大雑把で、脚本は状況設定のみ。
後は、役者達の即興力(腕)次第。遊び心次第。

御皆様の目の前に立ち並ぶは、数多の扉たち。
何れも、形はまちまち、色は取り取り、往く先はばらばら、てんで出鱈目。
扉の上には昇降機めいて時計の文字盤が張り付き、其々の時間を指し示す。
ちくたく、チクタク、カチカチ。時を刻む音、幾重にも響いて。

さて。未だ支度の最中でもあるが、早々と幾つかの幕は開(あ)げるとしよう。
さあさあ。皆様。
『御笑覧あれ! 喝采あれ!』

――世界歪曲げたのは誰の仕業か?
――謳い上げたのは果たして誰か?

視界の端で踊り続ける薔薇の仮面の道化師か?
何処かで語る東洋の神獣の名を持つ仮面の男か?
今も尚、何処の高みで万象を嘲笑う月の王か?
今も尚、欠片と小さき者達を見守る黒の王か?
今も尚、惑星の支配者を自負せし黄金の王か?
はたまた。傍観者を標榜す万能の王たる少年か?
総てを識り給う《  》成らざる盟約の少年か?
――それとも未だ知れぬ存在か?

『遊戯を始めよう。
現在時刻を記録せよ!』

誰かの宣言と共に。
突如。其々正しい時間を示した時計が勝手に動き出した。 
本分たる規則性を放棄して、加速し、遅滞し、逆巻きもし、出鱈目に周る。
ぢぐだく、タクチク、ガチカヂ。時を刻む音、騒々しく響いて。
不協和音、鳴り止むことを知らず。

……やがて。カチリと。総て同じ時刻を示せば――


銀の鳥で空翔る娘達は補給の為に舞い降りて。
流浪を止めた青年は無造作に馴染みの扉を。
碩学の卵の少年は調整中の機関機械の蓋を。

眠った筈の少女は眠りきれず衣装棚の扉を。
眠り望む猫の女は眠れぬ青年の寝室の扉を。

諮問探偵の少女助手は書庫の屋敷の扉を。
黒の王と従者の娘は最果て酒場をい出て。

黄金の少女と希望の少年は異街の門を潜り。
万能の王たる少年は愛しき従者の娘と共に。

旅の少女達は久しく停車した地下鉄扉から。
旅の女は仮初の住処の戸締まりを確かめて。

雷電なる男は寝醒時を持て余し新聞受けを。
輝きの娘は朝支度の為に階下へ降り立ちて。

灰色の少女と青年は探索の果てに見つけて。

潜入調査中の少年姿と少女姿のふたりは報告の為。
未だ自らを選べぬ異界からの来訪者は身を隠す為。


其々の《扉》が開いて……。
時は動き出す……。

――何れの扉の先も舞台たる此処へ。
何れは御皆様方の御心の前にも――

――すべて、すべて、
  汎ゆる総てものたちは《銀の鍵》を有しておりますれば――